AI起債の数字はなぜ合わないのか|同じ現象、定義は2倍違う
2,500億ドルと5,000億ドル。どちらも2026年のAI関連起債を指しているのに、大きいほうは小さいほうの2倍です。範囲と地理と基準日。数字が足りないのではなく、同じものを測っていません。
語っている対象を測ることができ、それを数字で表せるなら、あなたはその対象について何かを知っている。しかし測れないとき、数字で表せないとき、あなたの知識は乏しく不満足なものにとどまる。(ウィリアム・トムソン(ケルビン卿)、1883年5月3日 英国土木技師協会での講演「電気の単位」より)
1883年5月、ロンドンの講演でケルビン卿が語った一節です。測れるかどうかが知識の境目だという命題でした。それから143年後のAIクレジットには測った数字が山ほどあります。2,500億ドルと5,000億ドル。どちらも「2026年のAI関連の起債」のはずなのに大きいほうは小さいほうの2倍です。数字が足りないのではなく、数字が同じものを測っていない。今日はこの食い違いがどこで生まれるかを確かめます。
今日のトピック
2026年のAI関連の起債はいくらか。一つに定まった公開推計はありません。ロイターの集計は7月8日時点で投資適格2,180億ドルと高利回り319億ドルの合計およそ2,500億ドル(約39兆円)です[5]。狭いのは「AIという名札」ではなく範囲です。米国の公募社債に限りハイパースケーラーやデータセンター開発などのAI関連発行体を数えています[5]。ゴールドマン・サックスは8月5日、世界全体のAI関連起債は2026年のこれまでで「ほぼ5,000億ドル」(約78兆円)と述べました[4]。フォーブスは7月17日にモルガン・スタンレーの予測として通年5,700億ドルを伝えました[6]。これは測った数字ではなく予測です。集計の範囲も基準日も違います。ゴールドマンの年初来の実測と同じ物差しには載りません。
2倍の開きの理由は範囲の広さだけではありません。地理も違います。ロイターは米国、ゴールドマンは世界です[4][5]。基準日も4週間離れています。1件で250億ドル規模の起債が出る市場では、この幅は誤差になりません。その規模だったのが7月7日のAmazon[13]と8月6日のAlphabetです[1]。
一つめの食い違いは定義の範囲でした。二つめの食い違いは残高と発行額の混線です。CNBCがMoody'sを引いて伝えた4,600億ドル(約72兆円)はハイパースケーラー6社の直接債務の残高であって1年間の発行額ではありません[7]。リース約定はこれと別建てで約1.2兆ドルあります[7]。これは6社のリース約定の総額です。うち未開始分をMoody'sは8,200億ドル超としています[7]。別のロイター集計はCoreWeaveを除く5社の未開始リースの将来支払いを約1兆900億ドルとしています[11]。同じ「未開始」でも数え方が違います。年間の発行額と積み上がった残高を同じ表に並べれば見出しはいくらでも大きくできます。
三つめはコミットメントとcapex(設備投資)の混線です。Alphabetの10-Qには6月末時点の購入コミットメントと契約上の義務が合計8,110億ドル、うち短期が2,007億ドルとあります[2]。これは支払いの約束であって、その年に使う額ではありません。2026年のcapexガイダンス1,950億〜2,050億ドルはCFOのアナット・アシュケナジが決算説明会で述べた数字です。決算リリースと10-Qには記載がありません[2][3]。会社の文書で確定しているのは方向だけです。10-Qは「2026年は2025年と比べ…技術インフラへの投資を大きく増やす見込み」と書いています[2]。
実績の側を見ます。第2四半期のcapexは前年同期比約2倍の449億ドル、上期は前年同期比2.03倍の806億ドルでした[2][3]。同四半期のフリーキャッシュフローはマイナス58.55億ドルです[3]。決算発表(7月22日)から2週間ほどのち同社は250億ドルの社債を10トランシェで発行しました[1]。目論見書の使途は"general corporate purposes"(一般事業目的)[1]。使途の文言にAIの記載はありません。
「これはバブルの統計か」
バブル論の内側には二つの別の心配が同居しています。一つは水準の大きさ。もう一つは増え方の速さです。
水準を見る側の材料は先ほどの残高と約定の対比そのものです。すでに載っている債務よりこれから載る約束のほうが大きい。集計主体を入れ替えてもこの向きは変わりません。それがこの側の言い分です。
速さを見る側の材料は伸び率です。ゴールドマンの推計では2025年通年が3,220億ドル[12]、2026年は8月5日までで「ほぼ5,000億ドル」に達しました[4]。7月23日時点のMoody'sによるハイパースケーラーのcapex予想は2026年の7,850億ドルから2027年は「約1兆ドル」へ上がります[7]。Alphabet単体でも6月に普通株と強制転換型優先株で496億ドルを調達しています[3]。定義がどれであれ数字は増えている。これがこの側の主張です。
「これは投資の統計か」
投資の統計だとみる側の根拠は数字の置き場所にあります。格付けの現在地と分母の大きさです。
格付けを見る側が引くのは警告を出したMoody's自身の留保です。CNBCによれば同レポートは大手4社を世界で最も強い企業バランスシートの一角と評価し投資適格の格付けが差し迫って脅かされる状態ではないとしました[7]。当面の圧力はOracleとCoreWeaveに向いている。そう読み取れます[7]。
分母を持ち出す側は社債市場全体の規模を示します。SIFMAによれば米社債の発行額は1〜7月の累計で1兆6,810億ドル、投資適格に限らず高利回り債や転換社債も含む全社債の系列です[8]。同じ米国の公募債で比べるなら、ロイターの2,500億ドルは分母の15%ほどです[5][8]。世界全体の5,000億ドルをここへ載せれば分子と分母で測る市場が食い違います。
信用の区別は案件ごとに付いています。CoreWeaveの8-Kには2本の分割実行型タームローン(DDTL)があります[9]。3月組成の85億ドルのDDTL 4.0はMoody'sのA3で投資適格、5月組成の31億ドルのDDTL 5.0は同じMoody'sのBa2で投機的でした[9]。担保はどちらもGPUとHPCの設備です。違うのは相手方です。DDTL 5.0の資料は資金使途を「2社の大口の非投資適格の顧客」向けの設備と書いています[9]。
私の意見
見出しの合計額を私は先に見ません。数字が出てきたら四つをたしかめてから中身に入ります。a) どの定義か b) 残高か発行額か c) コミットメントかcapexか d) 仕組みの中で信用を負うのは誰か。この順番だけで同じ現象の数字が2倍違う理由はたいてい説明が付きます。