世界経済 ・ 食糧・コモディティ ・ 金融政策2026.07.01

エルニーニョはまだ弱いのに、冬に「非常に強い」確率63%

エルニーニョが発生し、この冬にかけて強まる見通しです。砂糖や小麦の食料価格が再び不安定になるなか、これは一時的な供給ショックか、中央銀行が動くべき物価上昇か。食料の家計ウェイトが高い新興国ほど効く「非対称」を、公開一次情報で中立に整理します。

エルニーニョはまだ弱いのに、冬に「非常に強い」確率63%
Photo by Raychel Sanner on Unsplash

「インフレはいつでもどこでも貨幣的な現象である。」1963年の著書『Inflation: Causes and Consequences』で経済学者ミルトン・フリードマンが説きました。以後半世紀以上金融政策の教科書に居座り続けています。

その教科書と向き合う中央銀行が今週ひとつ増えました。6月11日の利上げ声明で欧州中央銀行(ECB)はこう書いています。「異常気象が食料価格を想定以上に押し上げうる」。貨幣の量ではなく雨と気温の話です。


今日のトピック

+0.7℃。太平洋の監視海域(Niño-3.4)における6月上旬時点の水温偏差です[1]。米海洋大気庁(NOAA)は6月11日にエルニーニョの発生を確認する発表(El Niño Advisory)を出しました。現状はまだ弱いものの北半球の冬(2026年11月〜2027年1月)にかけて強まり「非常に強い」水準に達する確率を63%と見ています[1]

弱いいまと自信ありげな冬の予報。ECBの声明はこの発表と同じ6月11日に出されました[6]

一時的な供給ショックとして見送るべきか。それとも動くべきか。食卓の値段から見ていきます。

エルニーニョから食卓の値段へ

エルニーニョは数年に一度、太平洋赤道域の海面水温が上がることで世界の天候を揺らします。干ばつや豪雨を通じて農作物の供給を細らせる現象です。今回の発生は国際気候研究所(IRI)が秋までの継続確率をほぼ100%と見ています[1]。世界銀行も2026年の食料価格の上振れ要因として警戒しています[2]

その一端はすでにFAOの数字に出ています。国連食糧農業機関(FAO)の食料価格指数は5月時点で130.8でした。前月比-0.2%・前年比+2.9%で全体としては高止まりしつつ落ち着いています。ただし内訳には差があります。

穀物は前月比+2.6%です。なかでも小麦は+3.4%・前年比+7.8%と4カ月連続で上昇しています。米国の冬小麦は数十年来の不良だといいます[3]。砂糖は+7.5%で2025年10月以来の高値です。米(コメ)は+2.7%です。FAOは「エルニーニョがインド・タイの生産に悪影響を与えうる」と指摘しています。一方、植物油は-4.6%と2026年に入ってからは下落しています[3]

規模感の目安としてある米系大手の試算があります。強いエルニーニョは5年間で世界GDPの約2.7〜3.2%(3〜5兆ドル、1ドル162円換算で約486〜810兆円)の損失になると見ています[5]。「超」級なら最大7兆ドル(同換算で約1,134兆円、6.4%)に及びます。

学術面では、査読付き研究(2023年・Science誌)がエルニーニョの影響を検証しました。1982-83年のエルニーニョに4.1兆ドル・1997-98年に5.7兆ドルの累積所得損失を帰属させています。2023年のエルニーニョは2029年までに最大3兆ドル世界経済を押し下げうると試算されました。ただしいずれも単年でなく数年がかりの累積の話です。手法には議論があり過去の通説より大きい数字である点には注意が必要です[4]

中央銀行はすでに動いています。ECBは6月11日に25bp(ベーシスポイント)利上げしました。預金金利は2.25%になります。声明で「異常気象が食料価格を想定以上に押し上げうる」と上振れリスクを明記しています。もっとも利上げの主因は中東エネルギーです[6]。インド準備銀行(RBI)は6月5日に政策金利を5.25%で据え置いています。2026年度のインフレ見通しは0.5ポイント引き上げられ5.1%となりました[7]

異常気象は食料価格を押し上げるのか

ECBが名指ししたリスクはすでに数字に表れ始めています。砂糖・小麦の上昇はすでに見た通りです[3]。パーム油・ココア・コーヒーにも上振れリスクがあります(供給減による価格上昇)。

なかでもパーム油は無縁ではありません。世界供給の8割超をインドネシアとマレーシアが握ります。2016年のエルニーニョではマレーシアの生産が前年比で約13%落ち込みました[12]

2026年はリスクが単独ではなく積み重なっている年でもあります。エルニーニョに加えて中東エネルギーへの不安があります。肥料価格は2022年以来の高さです[2]。世界銀行は食料価格のベースシナリオを+2.5%と置いています。リスクの向きは上振れだとしています[2]

食料が家計支出の40〜50%超を占める新興国ほど、一時的な高騰でも賃金や物価期待への二次効果が出やすくなります。同じ食料ショックでも家計負担が十数%にとどまる先進国とは重みが違うのです[8][10]。ECBはすでに利上げに動きました。インフレは「広がっている」と表現しています[6]。供給ショックを放置すれば物価期待が外れるという1970年代の教訓もあります。この立場を支えています[9]

見送れるのか、動くべきか

この立場がまず言うのは天候ショックが多くの場合、恒久的な痕を残さないということです[9]。金融政策の効果が表れるまでには長いタイムラグがあります。いずれ消えていく高騰に向けて引き締めるのは逆効果になりかねません[9]

足元の数字も極端ではありません。2026年の食料価格のベースシナリオは+2.5%と穏やかです[2]。植物油の指数は前月比-4.6%で下落しています[3]。米(コメ)についても世界最大の輸出国インドが豊作です。輸出規制を撤廃しました。約3000万トンの輸出が見込まれることが相場の重しになっています[11]。コアインフレへの波及もまだ大きくは表れていません。

ECB総裁ラガルドはかねてこう整理しています。「供給ショックが中庸で短命なら、中央銀行は原則として見送れる。動くべきはショックが大きく持続的で、物価期待が外れる恐れがあるときだ」[9]。この立場から見るとエルニーニョは「これから・数年がかり」で効いてくるリスクです。いま急いで引き締めで応じる話ではありません。

強気にも慎重にもそれぞれの言い分があります。分かれ目は天気ではなくショックの持続性と物価期待です。2026年5月のIMF論文が問うたのもこの一点でした[9]。決着はまだついていません。

私の意見

NOAAの発表そのものが少しねじれた形をしています。いまの水温偏差(+0.7℃)はまだ「弱い」水準です。それなのに半年先の予報だけがすでに「非常に強い」と63%の高い自信を示しています[1]

続きは、私の意見と数字です。

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