ベッセント介入の本題は米国債だった|買い戻し倍増と2営業日で消えた効果
円買い介入、入札計画の一語、議長擁護。3手の共通項を「米長期金利」と置いた仮説に、第4手が答えを出しました。米財務省が自国の国債を買いに行く。ただし効果は、2営業日で消えました。
国家の債務は、過度でさえなければ、われわれにとって国民的な恵みとなる。それは連邦を固める強力な接合剤になる。(アレクサンダー・ハミルトン、のちの初代米財務長官・1781年のロバート・モリス宛書簡より)
独立戦争の戦費調達に奔走していた時期のハミルトンが建国前に書き残した一節です。国の借金は信用の礎になりうる。ただし過度でなければ。それから245年後の2026年8月、試されているのはこの但し書きの側です。
No.030では円買い介入・入札計画の一語書き換え・FRB議長擁護という3手の共通項を「米長期金利を上げないこと」と整理しました。あのときの共通項は状況証拠から推した仮説でした。今週第4手が打たれました。今度は隠れていません。ハミルトンの持ち場を継ぐ米財務省が自国の国債を市場から直接買いに行くと宣言したのです。
今日はこの第4手の中身と効果が2営業日で消えた事実を確かめます。
今日のトピック
まず時系列を並べます。米国債30年物の利回りは8月17日に5.31%まで上がりました。7月31日につけた5.27%を超えており、2007年以来の高さを更新したのです[2]。翌18日には米国の政府債務の総額が初めて40兆ドル(約6,300兆円)に達しています。財務省の日次統計では40兆474億ドルでした。金利の高さと借金の大きさが同じ週に節目を刻んだことになります[3]。
財務省が動いたのは19日でした。既に発行した国債を市場から買い入れる「買い戻し(バイバック)」について10年超の長期ゾーンを対象とする流動性支援の枠を倍増すると発表したのです。1回20億ドルから少なくとも40億ドル(約6,300億円)へ引き上げます。適用は9月9日から次回の入札計画公表がある11月4日までです[1]。
買い戻し自体は2024年から続く既存の制度です。ただ長期金利が19年ぶりの高さにある局面で長期ゾーンだけを狙って枠を倍にするのは異例でした。発表文の建て付けはあくまで技術的な流動性支援ですが、市場は金利対策として受け取りました。発表当日の30年債利回りは前日の5.28%から5.19%へ低下しています[2]。
ベッセント財務長官は翌20日に長期金利を押し下げるためなら買い戻しをさらに増やす用意があると述べたと報じられています[4]。
ところが効果は続きませんでした。30年債利回りは20日に5.23%へ戻り21日には5.27%まで上がっています[2]。発表前とほとんど変わっていません。
代わりに動いたのはドルでした。21日にかけてドル安が進みます。金先物は一時1オンス4,600ドル台へ、ビットコインは77,000ドル台へ急騰したと報じられています[5]。通貨の価値が薄まることに賭けるいわゆるdebasement取引の色が濃い動きです。
トランプ大統領は21日、この債券市場への介入は自分の指示ではなくベッセント長官自身の判断だと述べたと報じられています[6]。
日本側の続報もひとつです。7月30日からの円買い介入の確定額は8月28日19時に財務省が公表する月次実績(7月30日〜8月26日分)で判明します[7]。円相場は介入後もおおむね158円前後で推移しています。8月21日公表の7月全国コアCPIは前年比1.8%上昇でした。6月の1.6%から伸びを広げています[8]。9月17〜18日の日銀会合に向けて利上げ観測を支える数字になっています。
「仮説が本人の手で裏書きされた」とみる側
この側にも濃淡があります。金利対策だと明言する声もあればシグナル操作とみる声もあります。
まず意図をめぐる解釈がそろってきました。元米財務省高官のネリー・リャン氏はFTに対し、一連の動きの最終的な狙いは「高い金利が懸念事項だと合図すること」にあると述べています[9]。介入はユーロを売って米国債には触れていません。入札計画が動かしたのは長期債の供給観測だけです。議長擁護は金利に乗る不信の分を狙ったものでした。No.030で並べた3手はどれも間接の手です。
第4手は違います。買い戻しの倍増は財務省が長期国債の需給に自分の残高で介入する直接の手です。8月5日の入札計画で「増額」を「変更」に書き換えた含意をここで実行に移したのです。
手段の設計にも符合があります。買い戻しの原資は短期債などの新規発行で賄われるため長期債を吸い上げて短期債に置き換える操作になります。中央銀行が長期債を買って金利に働きかける量的緩和と似た絵を、FRBの独立性に触らずに財務省単独で作れるのです。
3手の共通項を「米長期金利」と置いた仮説は、もう状況証拠の段階にとどまりません。当人の行動で裏書きされたことになります。
「銃創に絆創膏だ」とみる側
反対側の論拠は規模と財源と実測です。
第一に規模です。米国債の民間保有残高はおよそ32.3兆ドルあります[3]。1回40億ドルの買い戻しはその1万分の1強に過ぎません。FTによれば、ウォール街の投資家はこの措置を「銃創に絆創膏を貼るようなものだ」と評しています[9]。傷の大きさに対して当て布の桁が足りないという評価になっています。
第二に財源です。買い戻す資金は新たな国債発行で調達されるため、政府の借金の総量は1ドルも減りません。長期債を吸い上げればその分だけ短期債が積み上がります。長期を短期に振り替えるだけの操作であり40兆ドルという元栓には触っていません。
第三に実測が出てしまいました。発表当日に9bp(ベーシスポイント=0.01%)下がった30年債利回りは2営業日で発表前の水準へ戻っています[2]。為替と代替資産が答えを返しました。金利を下げたいという合図のつもりでした。市場が受け取ったのは「財政が苦しいから金利を人為的に抑えたい」という別の合図だった可能性があります。ドルを売って金とビットコインを買う動きはその受け取り方と整合的です[5]。
三つを束ねると制度面の異論に行き着きます。金利の水準を狙って市場に入るのは本来FRBの領分と重なっています。トランプ大統領がわざわざ「本人の判断だ」と距離を置いたこと自体が、この介入の政治的な重さの証拠だとこの側はみます[6]。
私の意見
第4手を見て私は二つのことが同時に確定したとみています。意図の証明と効果の不在です。