地政学 ・ 米国2026.08.01

関税10%は動かない。動いたのは法律のほうだった

最高裁が無効にした関税は、同じ日に別の法律で署名し直され、150日の寿命が尽きた瞬間に三本目が引き継ぎました。税率は動かず、法律だけが替わる半年。この順序が語るものを整理します。

この世で確かだと言えるものは何もない。死と税金を除いては。(ベンジャミン・フランクリンが1789年、フランスの科学者ジャン=バティスト・ルロワへ宛てた書簡)[1]

237年後の米国ではこの軽口が半分だけ裏返っています。確かなのは税金のほうで確かでないのはそれを支える法律です。米国の輸入品に広くかかる一律課徴金の水準は二本目の法律が敷かれてからの5カ月あまりおおむね10%前後で動きません。動かないその下で法的根拠は二度載せ替えられました。いまは三本目です。最高裁が一本目を無効にすると二本目が寿命つきで生まれ、その寿命が尽きた瞬間に三本目が引き継ぎました。今日はこの入れ替わりを日付で確かめます。

今日のトピック

2026年2月20日に米連邦最高裁がLearning Resources対Trump事件を判断しました。IEEPA(国際緊急経済権限法。大統領が「異常かつ例外的な脅威」を宣言して経済措置を発動できる法律)は大統領に関税を課す権限を与えていない。これが結論です。判決は6対3でした。ロバーツ長官が法廷の判断を言い渡しています。反対意見はトーマスとカバノー両判事が書きアリート判事が同調しました[2]。原告は小企業2社でした。併合されたもう一方の訴訟では小企業5社と12の州が原告に並んでいます[2]。国家間の交渉でも業界団体の陳情でもありません。企業と州の訴訟が大統領の看板政策の法的根拠を最高裁で崩しました。

ここまでなら司法が行政を止めたという見出しで終わります。実際に起きたのはその先でした。判決と同じ2月20日に大統領布告11012号が署名され4日後の2月24日に発効します。輸入品の大部分に一律10%の課徴金を上乗せする内容です(自動車、医薬品、エネルギー、USMCA原産品など広い除外があります)[3][4]。根拠はSection 122でした(1974年通商法122条。国際収支上の理由で一時的な輸入課徴金を認める条文)。この条文には最長150日という期限が書き込まれています。延長には議会の立法が必要で大統領の一存では延ばせません[3]。つまり政権は一本目を潰された同じ日に最初から時限つきの二本目へ載せ替える署名をしていたわけです。

二本目にも司法の判断が出ました。5月7日に米国際貿易裁判所が2対1でSection 122関税は条文の要件を満たさないと判断します。ただし差し止めの効力は勝訴した原告3者(小企業2社とワシントン州)に限られました。他の輸入者への課徴金は続きます。政権は翌日に控訴しました。6月11日には控訴審がこの差し止め自体を停止したため、勝訴した3者も結局は失効まで払い続けています[5]。司法の結論が確定するより先にSection 122関税は自らの時限に達しました。発効からちょうど150日にあたる7月24日の午前0時1分の失効です。

その同じ時刻に三本目が発効しました。Section 301(同じ1974年通商法の301条)を根拠とする関税です。対象は上位60の経済圏、税率は10%または12.5%です[6][12]。イェール大学のBudget Labの推計では切り替え直後の7月24日時点で米国の平均関税率(法定ベース)は約11.1%でした[8]。この間輸入業者の払う水準はほとんど変わりません。変わり続けたのはその下の法律だけでした。

三本目の法律の中身

現行のSection 301関税が掲げる理由は強制労働です。強制労働で作られた品物の輸入禁止を導入していない。あるいは実効的に執行していない。この理由で政権は60の経済圏を対象にしました。米国の輸入の約99.4%つまり米国に入ってくる品物のほぼすべてをカバーします[7]。税率の区分には基準があります。輸入禁止を既に課しているか、導入を約束したか、部分的な規制を持つ経済圏は10%、それ以外は12.5%です[6]。最終措置の官報によれば6月の暫定案の公表後に禁止規定の導入や約束を行った7つの経済圏が10%の側に並びました。インドやスリランカなど5つの経済圏は暫定案の12.5%から10%へ区分が動いています[12]。日本は12.5%の側です(実際の上乗せはMFN税率を差し引く方式で計算されます)[12]

発動の文書は三本の法律のつながりを語りません。USTR(米通商代表部)のファクトシートにも大統領文書にもそうした説明は見当たりません[6][7]。Section 122からの切り替えである、IEEPA判決の穴を埋めるといった記載も見られません。つながりを示しているのは失効と発効が同じ午前0時1分に設定されたという時刻の一致だけです。

税率が先、法律が後

なぜここまで切れ目なくつなぐのか。この一連の措置を追う市場向けの調査リポート(出所は末尾のお断りのとおり匿名にします)には率直な整理があります。これらの関税は本当は強制労働の話ではない。主目的は上位60の経済圏への10〜12.5%というベースライン税率に法的な正当化を見つけることだ、という整理です。強制労働はこの60の経済圏に最も適用しやすい論点だったにすぎません。撤廃を期待すべきでない床(floor)とみるべきだとも書いています。

通常の通商政策ではまず問題があって対処する法律が選ばれ結果として税率が決まります。この5カ月の順序は日付を並べるかぎり逆に見えます。10%前後という税率が先に固定されていてそれを載せる法律が順に探されている。IEEPAが使えなくなればSection 122、Section 122が切れればSection 301です。法律は目的ではなく器のほうだという整理になります。

各法律の生い立ちもこの整理と噛み合います。Section 122は国際収支危機への一時対応の条文であり[3]、Section 301は特定国の特定の慣行を狙う条文です。どちらも60の経済圏への恒久的な一律課税のために書かれた法律ではありません。器のほうが目的に合わせて広げられていないか。Section 301関税をめぐる訴訟ではそこが争点になります。同じリポートはLearning ResourcesがすでにSection 301関税を争う訴えを起こしたと伝えています。ただしSection 301は判例で支持されてきた歴史があるため覆る公算はIEEPAより低いとみています。

四本目は、もう動いている

次の器の候補は観測ではなく手続きとして進んでいます。産業の構造的な過剰生産能力を理由とする別のSection 301調査が3月11日に正式に始まりました。対象は中国をはじめ16の経済圏です。EU日本韓国メキシコなどが含まれます。鉄鋼から自動車、半導体、造船など幅広いセクターが並びます[9]。結論の時期は確定していません。法律上は原則12カ月以内ですが参考になる前例があります。強制労働の調査は3月12日の開始から7月24日の発効まで4カ月あまりで最終措置に到達しました[6][12]。措置が現行関税に上乗せされるという観測も市場にありますが、これは分析側の見立てで公式に確定した方式ではありません。

一方で報じられる印象ほど進んでいない案件もあります。EUのデジタルサービス課税をめぐっては6月26日に大統領が100%関税に言及しましたが、これは発言であって正式な調査手続きは確認できません[11]。医薬品の価格を理由とする調査で正式に対象となったのはドイツ1カ国です[10]。日本の名前は米業界団体の意見表明に登場するだけで政府の対象リストには入っていません[10]。何が手続きとして動いていて何がまだ発言の段階か。この区別は関税のニュースを追ううえで効きます。

私の意見

関税は交渉のカードなのか床なのか。私はこの5カ月の日付の並びが後者を語っているとみています。交渉のカードなら相手の譲歩と引き換えに下がるはずです。しかし税率が先に決まっていて法律が後から充てがわれているのなら、それは取引の材料ではありません。最初から下げる予定のない下限です。司法が床を壊しても4日で敷き直され、寿命が来ても空白なく引き継がれる。それはもう実演されました。

続きは、私の意見と数字です。

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