停戦が終わった週末、金は買われなかった|原油91ドルの見方
戦火が広がったのに、金は買われませんでした。市場はこの戦争を物価と金利の問題として値付けています。原油高と円安がはじめて同じ側に立つ、第2波の話です。
石油の一滴は、血の一滴に値する。(ジョルジュ・クレマンソー・第一次大戦中の言葉として伝わる)
百年前の首相の言葉を、毎週の相場解説で思い出す日が来るとは思いませんでした。先週末、米国とイランの停戦は事実上終わり、原油は週明けに一時91ドル台へ乗せました。ところが同じ週、教科書なら買われるはずの金が、4,000ドル近辺まで押されたままです。今日はこのねじれから、原油の第2波が日本に何を運んでくるかを確かめます。
今日のトピック
順番に並べます。米国とイランは6月17日に停戦の覚書(イスラマバード覚書)に署名し、最長60日での最終合意を目指していました[1]。その枠組みが先週、崩れました。7月17日にヨルダンの米空軍基地が攻撃されて米兵2名が死亡し[2]、イランによる商船攻撃と合わせて、米国務長官は覚書が事実上葬られたと認めています[1]。応酬はそれ以前から続いており、米軍によるイラン軍事拠点への攻撃は7月20日までに9夜連続に達しています[3]。
海の上では、封鎖が広がっています。フーシ派は7月20日、サウジアラビアの港湾に寄港する船舶に警告を出しました[4]。サウジ原油を積んで中国やインドへ向かうタンカーが、航路を変え始めたと報じられています[5]。
値段はこう動きました。ブレント原油は先週1週間で約16%上がり、4月以来の大きさの週間上昇となりました[6]。7月21日には一時91ドル台です[7]。米国のガソリン全国平均は週明けに4ドルを超えました(7月20日4.00ドル・21日4.02ドル)[8]。金利も動いています。英国の10年国債利回りは、新政権の財政運営への警戒を主因に、原油高への懸念も重なって5%を超えました[9]。
そして日本です。サウジは5月時点で日本の原油輸入の3割弱を占めており、封鎖が続けばその調達に影響が出る恐れがあると報じられています[10]。
供給途絶を重くみる側の見え方
数字を重ねると、心配する側の理屈が見えます。日本の原油の中東依存度はおよそ95%で、UAEとサウジの2か国がその中心です[11]。サウジは紅海側のヤンブー港へ輸出を振り替えられますが、6月のヤンブー輸出はすでに過去最大の日量419万バレルに達しており、積み増しの余地は限られると報じられています[10]。喜望峰まわりの迂回は、航海日数と輸送コストを大きく増やします[10]。
しかも今回は、為替が追い打ちをかけます。円は6月末に一時1ドル=162円台と、1986年12月以来の安値を付けました[12]。6月の企業物価は前年比7.1%と3年3か月ぶりの伸びで、石油・石炭製品は22.8%の上昇です[13]。No.004を書いた7月初めと違い、今回は原油高と円安が同時に進んでいます。ガソリン店頭価格の全国平均は7月13日時点で169.9円と前週からほぼ横ばいで、まだ第2波を織り込んでいません[14]。原油からガソリンへは数週間から1か月、電気・ガスへは半年から10か月のラグで届くのが定型です。
実害は限られるとみる側の見え方
一方で、慌てない側にも根拠があります。日本の石油備蓄は2月時点で243日分あり、3月にはIEA加盟国の協調放出に参加して取り崩しを始めています(4月末で210日分)[15]。政府は春から、ホルムズ海峡を回避するUAEフジャイラ港経由や北米からの調達など、代替ルートの確保を進めてきました[16]。ガソリンには1リットルあたり7.5円の補助が入り、7月から9月の電気・ガス代には合計5,000円規模の支援が決まっています[17]。価格の急変を家計が生で受ける構造ではありません。
外交の糸も切れていません。カタール、エジプト、パキスタンなどの仲介国が10日間の停戦案を米・イラン双方に提示しています。どちらもまだ受け入れていませんが、テーブルは残っています[1]。
私の意見
いちばんの手がかりは、金の値動きだと考えています。中東の戦火がこれだけ広がっているのに、金はほとんど買われず、約4,000ドルまで押されて戻れずにいます。市場はこの戦争を、逃げ出す理由ではなく、物価と金利の問題として値付けている。私はそうみています。No.009で書いた「有事の金より実質金利」の枠組みの再現です。報道の整理も同じ方向で、原油高がインフレ懸念と利上げ観測を強め、金利の上昇が金の重しになっていると伝えています[18]。リスクオフ(安全資産へ逃げる動き)ではなく、インフレの再点火。ここを見誤ると、資産の動きの説明が全部つかなくなります。