据え置きは予想どおり、壊れたのは30年債|FOMC結果編
政策金利は0.01ポイントも動かず、30年債だけが19年ぶりの高さへ。委員会は9対3に割れ、議長は説明を絞りました。動いたのは金利ではなく、30年先を推定するための材料の質のほうだ、と私はみています。
委員会は、金融政策の決定をできるだけ明確に国民へ説明することを追求する。その明確さは、家計と企業が十分な情報にもとづいて意思決定することを助け、経済と金融の不確実性を減らし、金融政策の実効性を高め、そして民主的な社会に不可欠な透明性と説明責任を強める。(FOMC「長期的な目標と金融政策戦略に関する声明」2012年1月24日採択、2026年1月27日に再確認)[1]
委員会自身が半年前に再確認した言葉です。7月の会合で起きたことはこの公約からの距離で測るのがいちばん分かりやすいはずです。前回は原油が落ちても利上げの織り込みだけが残っている状態を追いました。その答え合わせをします。結論は据え置きでした。ここまでは主流の予想どおりです。それでも市場は動きました。動いたのは政策金利ではありません。いちばん遠い30年債です。短期ゾーンはほとんど反応しませんでした。大きく売られたのは長期の方です。
今日のトピック
7月28〜29日のFOMCは政策金利を3.50〜3.75%で据え置きました。5会合連続の据え置きです。票決は9対3でした。反対したのはクリーブランド連銀のハマック総裁・ミネアポリス連銀のカシュカリ総裁・ダラス連銀のローガン総裁の3名です。いずれも今回の会合での0.25%の利上げを主張しました[2]。反対はすべて同じ方向を向いています。全員が利上げを求める形でそろったのは2016年9月以来です[3]。
市場の反応は金利の期間ごとに割れました。7月29日の終値をみます。2年債利回りは4.22%へ0.04ポイント下がりました。30年債は5.20%へ0.11ポイント上昇。10年債はその間で4.67%へ0.06ポイント上がっています[4]。動きはそこで止まりませんでした。翌30日は取引時間中に5.24%をつけています[17]。終値は5.21%で、週末31日にはさらに5.27%へ上がりました[4]。週を通じての高値は5.28%です[17]。2007年以来およそ19年ぶりの水準になります。会合の当日には30年債と2年債の差が0.83ポイントから0.98ポイントへ広がりました。1日で0.15ポイントです(前日と当日の終値から計算)[4]。1日の広がり方としてはほぼ1年ぶりの大きさでした[5]。政策金利の方は0.01ポイントも動いていません。
織り込みはどう畳まれたか
前回の記事で追いかけた織り込みの推移から辿ります。CMEの先物から算出される7月利上げの確率は7月15日に10.7%でした。22日には34.7%へ上がります。24日の報道時点では38%まで膨らみました[6]。27日には集計によって31.5%から37.6%へと分かれています[7]。膨らんだ分が剥がれきらないまま会合に入った形です。
膨らませた燃料は原油でした。ブレント原油は7月23日に1バレル105ドルまで上がります。27日には91ドル台へ下げました。2営業日で1割以上です[8]。会合当日も90ドル前後でした[9]。値上がりという原因は会合を迎える前に消えていたことになります。それでも27日の時点で織り込みは3割台を保っていました。効いていたのは原油の水準そのものではありません。このFedが原油ショックにどう反応するのか誰にも分かりませんでした。その不確実性の方が価格に残ったのだと思います。原油の下げが既知でも反応の型がつかめないままなら値付けは身動きできません。市場がFedの反応を測りあぐねていたことの表れだと私はみています。
反対3票が意味したもの
会合の中身がその疑いを裏づけました。反対は3票で全員が同じ方向・利上げ側です。3票では結論は覆りません。それでも委員会の内部には「今の金利では足りない」と考える一群がいました。その一群が反対票という形で表に出ることを選んだ事実が残ります。会合の直前まで3割台の利上げ織り込みが残っていたのは結果から見れば根拠のある値付けだったことになります。
利上げを求める一群がいる理由は物価の数字に出ています。Fedが目標に用いる物価指標は6月までの1年で3.7%上昇しました。前月の4.1%からは減速しています。それでも2%という目標を5年にわたって上回り続けたままです[18]。据え置きが5会合続いたのは物価が目標に戻ったからではありません。
補助線を一つ引いておきます。委員会が割れたのは7月が最初ではありません。4月の会合では反対が4名出ています。ただし向きはそろっていませんでした。利下げを主張した委員もいます。据え置き自体には賛成しつつ声明の書きぶりに反対した委員もいました[10]。人数だけなら4月の方が多くなります。7月が特別に割れた月だという言い方はできません。7月に新しかったのは反対の数ではありません。向きがそろったことの方です。
説明を絞る議長
本来ならここからが議長の言葉の出番でした。委員会が割れているときこそ議長の説明が重心を示して市場の推定を助けます。ウォーシュ議長は就任後2回目となるこの会合の記者会見で先行きの指針を絞りました。反応の型については一般論を述べています。今回の据え置きや原油ショックへの当てはめは示していません。何も語らなかったわけではありません。物価安定は必ず実現する、と誓約しています[22]。ただ9月については踏み込みませんでした。市場が9月会合についてほぼ100%に近い確率で利上げを織り込んでいる。記者からそう見立てを示されても議長は動じません。市場の価格に縛られるつもりはない、と答えています。市場は良い情報源ではあっても決定づけるものではない、とも述べました[22]。なぜ今回は利上げしなかったのか。反対3票との距離をどうみているのか。原油ショックにどう構えるのか。市場が知りたかった点の説明は薄いままでした。
議長の側にも理屈はあります。会見の冒頭でこう説明していました。会合と会合のあいだ市場の関心は実際の経済データの方に向いた。価格は入ってくる情報にその場で反応した。先行きの指針を減らしたことがその一因かもしれない。市場参加者は審判ではなくボールの方を見ることを学びつつある。これは良い変化でまだ始まったばかりだ、と[22]。中央銀行がいつでもどこでも注目の中心である必要はないとも言い添えています[22]。
「審判ではなくボール」という言い方にフィナンシャル・タイムズのコラムが反論しています。中央銀行は審判ではなくプレーヤーであり短期金利を決めているのは委員会自身だ、という筋です[11]。同紙は社説でも踏み込みました。説明の欠如が不確実性の値付けを市場に強いると指摘し、借入とヘッジのコストを通じて雇用と消費者に跳ね返ると論じています[12]。説明を減らす方向はさらに先まで検討されているようです。検討されているのは会合の回数そのものを減らす案でした。議長が言及したと報じられています。まだ初期の議論とされ決まった話ではありません[19]。説明の中身ではなく機会そのものを減らす話です。
週の終わりには議長が伏せた分を周りが埋めはじめました。金曜に反対した3名がそれぞれ声明を出しています。ハマック総裁は高いインフレが長引くほど引き下げの作業は困難になりコストも高くつきうる、と話しました。カシュカリ総裁は待った末により大胆な行動が必要だと結論づけるより小刻みな政策変更を連ねるほうがよい、と書いています。ローガン総裁も近いうちの穏当な行動は後でより急な行動が必要になる可能性を減らす、と続けました[20]。今年は投票権を持たないセントルイス連銀のムサレム総裁も動きました。フィナンシャル・タイムズのインタビューで今週の債券売りをこう受け止めています。市場が今週語り、自分はそこからシグナルを受け取った。信認とは効果的な説明と必要な行動の両方によって毎日稼ぎ続けなければならないものだ、と[19]。
30年債が語ったこと
30年債の急伸はこの文脈に置くと違う顔を見せます。景気の強さが長期金利を押し上げる形のスティープ化。つまり長短の差の拡大であればむしろ健全な現象と呼べます。しかし今回の値動きにINGのペソレ氏は「信認喪失トレード」という名前を与えました[5]。景気が強いから長期金利が上がるのではありません。中央銀行の説明が細るぶん投資家が期間プレミアム、つまり長期債を持つリスクへの上乗せ金利を余分に要求するという筋です。動いたのは政策金利ではありません。30年先までの金融政策を推定するための材料の質の方でした。委員会は割れて議長は説明を絞ります。推定のばらつきが広がればその分だけ保険料は高くつきます。
もっとも期間プレミアムを動かすのは中央銀行の言葉だけではありません。同じ時期に日本と欧州の超長期金利も上がっています[13]。国債の発行と需給も効きます。インフレ期待も押し上げる要因です。5.21%のうちどれだけが信認の対価なのかを切り分けることはできません。それでも据え置きが決まった日に19年ぶりの利回りがついたという順序は景気の強さだけでは説明がつかない、と私はみています。
長期金利は数字の話で終わりません。会合の前の週の調査になりますが米国の30年固定住宅ローン金利は6.76%へ上がりました。およそ1年ぶりの高さです。借り換え申請の指数は前週比で10%減っています[14]。長期金利が上がるときの負担は債券市場の中だけで精算されるわけではありません。
米国だけの話ではない
ECBは7月の会合で2.25%に据え置きました。それでも市場は次の一手を利上げ方向でみています。織り込まれているのは9月から10月にかけての0.25%の利上げです[23]。利下げへの転換ではありません。日銀は7月30〜31日の会合で政策金利を8対1で1.0%程度に据え置きました。反対は高田委員ひとりです。1.25%への引き上げを提案して否決されています[15]。先行指標である東京都区部の消費者物価指数は生鮮食品を除く総合で7月に前年比1.9%でした。6月の1.6%から加速しています。報道各社が伝えた市場予想の1.7〜1.8%も上回りました[16]。
その直後の為替市場で異例のことが起きました。31日に米財務省がニューヨーク連銀を通じてユーロを売り円を買う介入へ踏み切ったと報じられています[21]。米国が円を買い支える側に回ったのは1998年以来28年ぶりです。2011年にも日米はそろって動きました。ただしあのときは円高を抑えるための円売りです。前日には日本の当局も動いたとみられます。市場推計では8.45兆円規模とされています[21]。植田総裁は会見で利上げのペースを加速することもありうる、と話しました。二つの中央銀行が同じ週に違う伝え方を選んだことになります。
私の意見
主要な中央銀行がそろって据え置きながら次の一手は上という配置に入りつつあります。政策の中身の差が縮むと伝え方の差が価格に出ます。今回の30年債はその最初の請求書だった、と私はみています。