解説 ・ 金 ・ 世界2026.07.10

金は利息を生まないのに、実質金利2%台でも最高値

金は利息を生みません。なのに、実質金利が2%台に高止まりしたまま史上最高値を更新しました。教科書の逆相関と、それが崩れた2020年代。金を見る4つの物差し(実質金利・中銀購入・ドル・流動性)を整理します。

金は利息を生まないのに、実質金利2%台でも最高値
Photo by Filipe Nobre on Unsplash

「どれほど美しい仮説でも、どれほど賢い人が唱えたものでも、それが誰であるかは関係ありません。実験と一致しなければ、その仮説は間違っています。」1964年、コーネル大学の連続講義「物理法則の特性」で、物理学者リチャード・ファインマンが語った言葉です。

金融の世界にもこれと似た美しい仮説があります。実質金利が下がれば金は買われ、上がれば売られるという関係です。何年も検証に耐えてきたこの仮説に2022年以降、市場という名の実験が待ったをかけました。今日はその顛末を金という「物価を映す資産」の仕組みから追います。


2026年の金は1月に約5,590ドルの史上最高値をつけ、3月と6月に二度急落し、7月上旬は4,000ドル台で推移しています(6月の急落はNo.005で追いました)[8][9]。この値動きを語るとき、市場は判で押したように「実質金利」という言葉を使います。それでいて、この語そのものを立ち止まって説明する記事は多くありません。

実質金利は金だけの話ではありません。日銀が「実質金利はきわめて低い」と言うときも、住宅ローンやインフレの議論でも、同じ概念が使われています。ここでは定義、金との関係、そしてその関係が2022年に壊れた理由までを順にたどります。

「物価を引いた後」の金利

名目金利が3%でも、物価が3%上がるなら、預けたお金の買える量は増えていません。この直感を式にしたのが実質金利で、おおむね「名目金利−期待インフレ率」で表されます[1]。お金の実質的な増減を測る物差しです。

金融の議論で使う実質金利は過去のインフレ実績ではなく、これからのインフレ予想を引きます。市場や家計が先行きに見込むインフレを差し引いた値が、投資や消費の判断に効いてきます[1]。だから実質金利は名目金利が動かなくても、インフレ予想が動くだけで変わります。

TIPSが映す、市場の実質金利

米国では実質金利は市場価格として毎日観察できます。物価連動国債(TIPS、元本が物価に連動して増える国債)の利回りが、そのまま市場が取引する実質金利です[2]。2026年7月初めの10年TIPS利回りは2.2%台でした[2]

普通の国債利回り(名目)からTIPS利回り(実質)を引いた差は「ブレークイーブン・インフレ率」と呼ばれ、市場が織り込む先行きの期待インフレを映します[1][2]。名目4.48%・実質2.25%なら、期待インフレはおよそ2.2%です。名目・実質・期待インフレの3つが、毎日市場から読み取れます。日本にも同じ仕組みの物価連動国債があり、財務省がブレークイーブンの解説と数値を公開しています[3]

日本については一つ精度を上げておきたいところです。「実質金利が深いマイナス」という言い方は、主に短期の話です。政策金利は1%程度、対して足元のインフレ率は1%台半ば〜2%程度で推移しており、差し引きの短期実質金利はなおマイナス圏にあります。日銀自身も展望レポートで「現在の実質金利がきわめて低い水準にある」と説明しています[4]。一方、10年の名目金利は2%台後半まで上がってきており、長期の実質金利はプラス圏へ浮上してきた可能性があります。「実質金利」という言葉は、どの年限を指しているかで意味が変わります。

実質金利が金を動かした時代

金は利息も配当も生みません。だから金を持つことには、他の資産なら得られたはずの利回りという見えないコスト(機会費用)がかかります。実質金利が高いほどこのコストは重く、低い(マイナスが深い)ほど軽くなります。ゆえに金は実質金利と逆に動く、というのが標準理論です[5]

これは理屈だけの話ではありません。過去10年余り、米実質金利(TIPS利回り)は金価格の主要ドライバーであり、両者の逆相関は市場分析の定番でした。金の国際団体であるワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)自身がそう整理しており、逆相関の強さは12カ月相関でおよそ-0.8前後とする分析もあります[5]。感応度の試算もあり、長期金利が0.25%下がると金は約1.75%上がるという推計です[5]No.005で金の急落を実質金利の上昇と併せて整理したのは、この教科書どおりの説明です。

では、この教科書はいまも使えるのでしょうか。

教科書が崩れた2022年以降

ところが2022年を境にこの関係は壊れました。実質金利は2%台へ急上昇し、それでも金は史上最高値の更新を重ねていきました。2026年7月に入っても、10年TIPSは2.2〜2.3%台(7月8日時点で2.31%)に高止まりしたまま、金は4,000ドル台にあります[2][8]。教科書どおりなら、あり得ない組み合わせです。

続きは、無料登録で。

この先は私の意見と注目の数字。メールアドレスの登録だけで続きが読めます。

完全無料。営業メールの連打はしません。いつでも解除できます。