2026.07.23

AIの軍資金|米は社債で借り、中国は国家で束ねる

市場の財布には撤退ボタンが付いている。国家の財布には付いていない。AIサイクルが下を向いたとき、二つの財布は正反対に動くはずです。総額ではなく「撤退の条件」から見る米中比較。

AIの軍資金|米は社債で借り、中国は国家で束ねる
Photo by K. K. on Unsplash

戦争の筋肉、すなわち無限の資金。(キケロ『フィリッピカ』第5演説より)

紀元前43年、キケロは元老院で、戦いを支えるのは兵でも武具でもなく資金だと説きました。後世「金は戦争の筋肉」という言い回しで広まった一節の、これが原型です。AIをめぐる米中の競争は武力の戦争ではありません。ただ、勝敗を分ける第一の変数がお金である点は、ローマの時代と変わっていないように見えます。今日は技術の優劣ではなく、軍資金の集め方の違いを数えます。

今日のトピック

まず米国側の財布から。AI関連の社債発行は、7月8日までの年初来で投資適格が約2,180億ドル、ハイイールドが約319億ドル、あわせて約2,500億ドルにのぼりました(No.014で確かめた数字の続きです)[1]。米系大手証券の予想では、世界のAI関連クレジット発行は2026年通年で約5,700億ドル。5月末までの実績2,360億ドルは、前年同期の約4倍のペースでした[2]。この借金が向かう先の設備投資も膨らみ続けており、大手クラウド事業者の現金設備投資は2027年に1兆ドル規模に近づくという試算(米格付け会社)から、1.1兆ドル(強気シナリオでは1.4兆ドル)という試算(米系大手証券)まで出ています[3]。2028年までにデータセンター向けで追加8,000億ドル規模のプライベートクレジット(大半が資産担保型)が要るという見積もりもあります[4]。需要側は衰えていません。7月22日に発表されたAlphabetの決算では、クラウド売上が8割増える一方、2026年の設備投資計画は1,950億〜2,050億ドルへ、前四半期の見通しからさらに約150億ドル積み増されました[12]。投資が膨らむほど、市場への持ち込みも続きます。共通するのは、これがすべて「値段のつく市場」から集められているという点です。社債にはスプレッドが、株には株価が、毎日値段を付け直します。

次に中国側の財布です。器の形がまるで違います。まず国債。2026年の予算は超長期特別国債1.3兆元を別枠で立てています(No.016)[5]。次に配分。国家発展改革委員会は7月7日、「両重」(重大戦略・安全能力建設)の枠組みで今年計8,000億元・1,417件の重大プロジェクトへの配分を完了したと発表しました。対象には科技創新、つまり技術革新分野が含まれます(AIだけの内訳金額は公表されていません)[6]。そして基金。半導体に投資する国家集成電路産業投資基金は2024年5月に第三期が発足し、登録資本金は一期(約987億元)・二期(約2,041億元)から段階的に増えて、三期で3,440億元になりました[7]。さらに株式市場。DRAM大手CXMTは科創板への上場で579億元(直近レートの報道換算で約85.5億ドル)を調達し、7月27日に上場予定です。中国の半導体企業のA株上場として史上最大(2020年のSMICの上場を上回る規模)で、2026年のA株でも最大のIPOです[8]。7月22日の発行結果の公告では、機関投資家の最終申込倍率は462倍にのぼりました[13]。そして制度面では、7月16日に29か国が上海で「世界人工知能協力機構(WAICO)」の設立協定に署名し、本部を上海に置く政府間機関が生まれました[9]

同じAIブームを、二つの経済圏がまったく違う財布で買っています。米国は民間の債券市場と株式市場から、値段と引き換えに集める。中国は国債・財政配分・国家基金・取引所を一つの設計図の中で束ねる(この整理は筆者のものです)。金額の単純合算や直接比較はできません。器の性質が違うからです。今日はその「性質の違い」のほうを見ます。

「市場の財布」の見え方

米国方式の強みとしてよく挙がるのは、規模と規律です。米国の投資適格社債市場は年間発行だけで2兆ドル前後の懐があり(2026年の総発行予想は米系で1.8兆〜2.5兆ドルと機関によって幅があります)[2]、年初来のAI関連約2,500億ドルは、その懐の一部にすぎません。集まる速さも市場ならではで、春までは需要が予想の数倍つく大型起債が続きました[1]。ただし7月に入ると温度が変わっています。米ハイパースケーラー大手の250億ドル起債では、応札倍率が2月ごろの約5倍から2倍前後まで下がり、長い年限では上乗せ幅を18〜21bp積んでようやく消化された、と報じられています[11]。そして値段が毎日つくこと自体が規律になります。投資家が疑えばスプレッドが広がり、調達コストという形で経営に跳ね返る。No.014で見た「新発債の上乗せ幅」は、その規律が働き始めた兆しでした。

一方で、この財布の癖も7月半ばの急落ではっきり見えました。市場のお金は物語で集まり、物語で引きます。半導体株の急落(No.017)では、決算が過去最高でも、前提の物語に疑問符が付けば値段は数日で大きく動きます。資金の蛇口が景気や気分と連動している、と言い換えてもかまいません。

「国家の財布」の見え方

中国方式の特徴としてよく挙がるのは、期間の長さと持続性です。超長期特別国債は文字どおり超長期で、国家基金は一期から三期まで10年がかりで積み増されてきました[5][7]。市場の四半期ごとの気分に調達が左右されにくい設計です。裏返せば、この財布の癖は、値段が毎日つかないことです。投資の成否が値段に映るのが遅く、修正は計画のサイクルでしか来ません。速い規律の代わりに長い持続がある、という交換です。用途の面でも、財政配分・基金・取引所が同じ方向(半導体・AI・インフラ)を向くよう束ねられており、WAICOのような制度づくりまで含めて一式で動きます[6][9]

規模の桁も、比べ方には注意が要りますが、参考までに並べます。国家基金三期の3,440億元は、2025年の平均レート(7.14元/ドル)で約480億ドル(筆者計算)[7]。世界のAI関連クレジット発行1年分の予想(5,700億ドル)[2]の1割弱に相当します。ただし国家の財布は基金だけではなく、国債と財政配分と株式市場が背後に控えます。そして米国の側にも税額控除などの政府の関与はあります。単年の金額比較で優劣を語れる構図ではありません。

外から見える制約もあります。米国は先端半導体とHBM(広帯域メモリ)の対中輸出を規制しており(2024年12月にHBMを規制対象化)、2026年は一部チップの限定的な輸出解禁と、製造装置の年次許可制という運用が続いています[10]。中国の国家資本がどれだけ束ねられても、買えないものが残る。この供給網の制約が、資金の設計図の外側から効いています。

私の意見

この対比の芯は、総額ではなく「撤退の条件」にあると私は考えています。市場の財布には、撤退ボタンが付いている。スプレッドが広がる、株が売られる、新発債の上乗せ(コンセッション)が嵩みます。値段の悪化がそのまま資金の引き揚げになり、7月半ばの半導体株の急落はその予行演習のようなものでした。国家の財布には、そのボタンがありません。計画で決めた投資は、市況が悪い年も出続けます。つまりAIサイクルが下を向いた局面で、二つの財布は正反対の動きをするはずです。市場マネーは細り、国家マネーは細りません。競争の帰趨がどちらに転ぶにせよ、下り坂での耐久力の差は、上り坂の今はまだ値段に映っていません。

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