前回は一夜で0.7pt動いたCPI|今夏また基準改定
物価のニュースで毎月見るCPIには、この夏、静かながら大きなイベントが控えています。統計のモノサシを5年ぶりに作り直す「基準改定」です。前回は公表済みのインフレ率が一夜で0.7ポイント書き換わりました。どのCPIを、どう見ればいいのかを整理します。
「政府は統計を集めるのが大好きです。集めては足し合わせ、何乗にもし、立方根まで取って、見事な図表に仕立てます。けれど忘れてはいけません、その数字はすべて、もとをたどれば思いのままの数字を書き付ける村の見張り番から始まっているのです。」経済学者ジョサイア・スタンプが1929年の著書『現代経済生活の諸要因』で紹介した皮肉です。数字の権威は最初の一筆の頼りなさの上に立ちます。それが数字というものです。
今週動くのはその最初の一筆ではありません。モノサシそのものです。確定していたはずの数字が静かに書き換わろうとしています。
総務省統計局は7月10日16時に2025年基準の消費者物価指数(CPI)における品目ウエイトの詳細を公表しました。5年に一度の「基準改定」です。8月7日には2025年1月分から2026年6月分までさかのぼってインフレ率が新基準で計算し直されます。8月21日からは新基準の数字が毎月の「正」となります[7]。
CPIは毎月ニュースになる指標です。ただ「総合」「コア」「コアコア」という3本立ての違いや公表済みの数字が後から書き換わるという事実はあまり意識されません。前回2021年の改定では公表済みだったインフレ率が一夜にして0.7ポイント下方修正されたのです[8]。日銀は一時的な要因を除いた「物価の基調」を点検しながら利上げを判断しています[5]。その物差しが変わることは金融政策の議論の前提が動くことを意味します。以下では公表の順序と3つの数字の使い分けからこの夏の基準改定で何が起きうるのかまでを見ていきます。
発表は東京が先、本命は全国
日本のCPIは総務省統計局が毎月公表しています[1]。見方の第一歩は公表が二段構えになっていると知ることです。
本命は「全国」で当月分が翌月の中旬から下旬に出ます[2]。ただしそれより約1カ月早く「東京都区部」の中旬速報値が当月末ごろに公表されます[2]。東京だけの先行集計ですが、全国の動きとおおむね連動するため市場はこれを全国値の予告編として注視します。No.001で日銀の利上げを扱った際「全国コアコア+1.8%・東京都区部+1.9%」と並べたのはこの先行関係を使ったものです。
総合、コア、コアコア、どれを見ればいいのか
CPIのニュースで数字が食い違って見えるとき、たいていは「どの指数の話か」がずれています。3本立ての意味はこうです[3]。
総合は全品目を含みます。生活実感には最も近いのですが、天候や原油価格という一時のノイズをそのまま拾います。コア(生鮮食品を除く総合)は天候で乱高下する生鮮食品を除いたものです。統計の定義上の代表は総合ですが[3]、日本の報道や市場では事実上の主役として扱われ「コアCPI」といえばこれを指すのが通例です。コアコア(生鮮食品及びエネルギーを除く総合)はさらに海外要因(原油・ガス)で動くエネルギーも除いたもので国内の賃金や需要を映す「基調」に近いとされています。日銀が公表する基調的インフレ指標群と並んで点検されます[5]。
では日銀の「2%目標」はどれか。公式の文言は「消費者物価の前年比上昇率2%」で指数でいえば総合が対応します[4]。ただし実務では一時要因を除いて基調を見るためにコア・コアコアに加え「刈込平均値」など日銀独自の基調指標も毎月点検しています[5]。目標は総合で判断は基調という二段構え。
もうひとつ海外ニュースを読むときの混同ポイントです。米国で「コアCPI」といえば「食品とエネルギーを除く」指数で日本の「コア」ではなく「コアコア」に相当します[10]。日米の記事を並べて読むときは同じ「コア」という言葉が別の中身を指しています。
5年に一度、モノサシを作り直す
CPIは「平均的な家計の買い物かご」を毎月値段づけする統計です。何をどれだけ買うか(品目とウエイト)は家計調査などをもとに決まりますが消費の中身は時代とともに変わります。そこで5年ごと(西暦末尾が0と5の年基準)にかごの中身をまるごと入れ替えます。これが基準改定です[6][9]。
今回の2025年基準では19品目の追加・11品目の廃止・2品目の統合が行われ品目数は582から589となります[6]。新しく生活に定着したモノ・サービスが入り買われなくなったものが外れます。ウエイトも最新の消費構造に合わせて更新されます。
なぜ「下方修正されがち」と言われるのか。値下がりが進んで支出額が減った品目は新基準ではウエイトが実勢に合わせて調整されます。また品目の入れ替えや価格の測り方(モデル式)の更新は古い基準では拾いきれなかった値下がりを反映させることが多いのです。過去の改定でもこうした効果が上昇率を下向きに直す方向に働いたと説明されています[8]。ただしこれは法則ではありません。消費が伸びた品目のウエイトが増えれば上向きに働く経路もあります。方向も幅も結果を見るまでわかりません。
2021年、確定していた数字が0.7ポイント動いた
構造論より実例が雄弁です。2021年8月に2015年基準から2020年基準への改定が実施されました。直前の2021年6月分のコアCPI前年比は旧基準の+0.2%から新基準の-0.5%へ一度に0.7ポイント下方修正されたのです。コアコアも-0.2%から-0.9%へ同じ幅の修正でした[8]。
最大の要因は携帯電話通信料です。当時の大幅値下げを新基準は計算方法(モデル式)の変更でより強く捕捉しました。これだけで約0.5ポイント分の押し下げとされています[8]。つまり前回の0.7ポイントには5年に一度の構造要因に「携帯値下げ」という一回性の特殊要因が乗っていたわけです。今回それほどの特殊要因があらかじめ見えているわけではありません。それでも公表済みの「過去」が書き換わりうるという事実は、この統計を読むうえで覚えておく価値があります。市場は初報に反応します。初報も基準も実は動きます。この構図は米雇用統計の改定とも通じます(No.007で扱いました)。
この夏に起きること
この夏の日程はもう決まっています[7]。まず7月10日16時、2025年基準の品目ウエイト詳細の公表。どの品目の影響力が増減するかがその時点で判明します。8月7日16時には2025年1月分から2026年6月分までの遡及改定が入り直近約1年半のインフレ率が新基準で書き換わります。日銀の7月会合(7月30〜31日)は旧基準の世界で開かれます。その後に測り直しが来るという時間差に注意が必要です。8月21日8時30分、新基準での最初の月次(7月分全国)が出て以後はこれが「正」となります。
下方に書き換われば「利上げの根拠だったインフレ率は思ったより低かった」という議論が立ちます。ほぼ変わらなければ「基調は本物だった」という確認になります。上方に書き換わるなら「物価はむしろ強かった」ということになります。noposiはどちらに転ぶかは予想しません。
基準改定は確定したはずの数字を動かします。見方さえ知っていれば8月の書き換えも驚く材料にはなりません。
出てきた言葉
CPI(消費者物価指数): 平均的な家計が買うモノ・サービスの価格を指数化した統計。日本は総務省統計局が毎月公表。
コア/コアコア: コアは生鮮食品を除いた指数、コアコアは生鮮食品とエネルギーも除いた指数。ノイズを外して基調を見るための加工。
ウエイト: 指数の中で各品目が占める支出の重み。家計の消費構造をもとに決まり、基準改定で更新される。
基準改定: 5年ごとに品目・ウエイト・計算方法を作り直すこと。過去の指数も新基準で遡及計算される。
遡及改定: 新しい基準で過去分を計算し直すこと。公表済みの前年比が変わることがある。
刈込平均値: 価格変動の大きい品目を上下から一定割合除いて計算する、日銀の基調的インフレ指標のひとつ。
東京都区部(中旬速報): 全国より約1カ月早く出る東京だけの速報。全国値の先行指標として市場が注視する。
出典
[1] stat.go.jp / stat.go.jp
[2] stat.go.jp / stat.go.jp
[3] stat.go.jp / stat.go.jp
[4] boj.or.jp
[5] boj.or.jp
[6] soumu.go.jp / soumu.go.jp
[7] stat.go.jp
[8] stat.go.jp / nri.com
[9] stat.go.jp
[10] bls.gov / bls.gov
お断り
本記事は公開情報にもとづく制度の解説であり、特定の金融商品の売買を推奨する投資助言ではありません。統計の数値・日程は本文記載の時点のもので、その後変更されることがあります。基準改定の結果がどちらに振れるかについて、本記事は予想を提供しません。投資判断はご自身でお願いします。
CPIという毎月の数字を、仕組みの側からほどいておく解説でした。次に取り上げてほしい統計や制度があれば、返信で教えてください。速報や補足はX(@noposihq)でも発信しています。