30年金利が4%、動いたのは「原案」段階だけ
売られたのは「決定」ではなく「案」でした。2年金利は動かず、30年だけが4%に乗りました。市場が値付けし直したのは利上げ予想ではなく、長く貸すリスクの値段です。何が書いてあり、どこを見ればいいのかを、一次資料から確かめます。
「大統領にも、法王にも、四割打者にも生まれ変わりたいと思っていました。でも今は、債券市場に生まれ変わりたいのです。誰でも脅せますから。」1993年当時のクリントン政権で選挙参謀を務めたジェームズ・カービルが残した言葉です。財政赤字を警戒する国債投資家が政権の政策を先回りして縛っていく様子を、皮肉交じりに言い表したものでした。
30年余りたった今週に日本の債券市場が同じことをして見せました。動かしたのは一枚の文書でした。まだ閣議決定すらしていません。
今日のトピック
4%。7月2日の取引時間中に新発30年国債の利回りが一時この水準へ乗りました。30年債の発行が始まった1999年以来で初めてのことです[4]。10年債も翌7月3日に一時2.81%まで上がりました。1997年以来およそ29年ぶりの高さです[4]。
きっかけは6月30日夕方に経済財政諮問会議へ示された「骨太の方針2026」の原案でした。まだ閣議決定されていません。一枚の文書にすぎません。それを見た市場で新発国債利回りは3営業日のうちに5年から40年までそろって切り上がります。10年は2.635%から2.795%へ。30年は3.835%から4.025%へ[1][3]。動いたのは債券だけではありません。円は同じ6月30日に一時1ドル=162円台と約39年半ぶりの安値をつけました。ところが7月2日には介入観測で160円台まで急伸します。荒い値動きでした。この経緯はNo.007で扱っています[5]。日経平均は主に米半導体株の急落に振らされており財政との連動は目立ちません。今回の主戦場は株ではありません。債券と為替です[5]。
意外なのは動かなかった年限のほうです。同じ3営業日で2年債はほぼ横ばい(1.395%→1.390%)にとどまりました[3]。短い年限が動かず長い年限ほど大きく売られました。この形が教えているのは市場が値付けし直した対象です。「利上げの予想」ではなく「長く貸すリスクの値段」でした。
「機械的に追わない」という書き換え
原案の中身を見れば市場が反応した箇所は特定できます[1]。新設される「強く豊かな日本」投資枠は、AI・半導体から防衛産業・造船・フュージョンエネルギーまで17の戦略分野を対象にしています。通常の歳出とは別枠に置かれます。しかも要求上限(シーリング)を設けていません[1]。
よく引かれる「370兆円」は2040年度までに「想定される」官民投資の累計試算です。政府が確約した支出額ではありません。その前提となる追加の財政支出にも、原案は「予算の上限といった意味ではなく一つの試算」と注記を付けています[1]。名目GDP1,100兆円という数字も成長戦略の効果が「十分に発現した場合」の見通しです[1]。年に割れば約25兆円。今年度の一般会計(約122兆円)の2割に相当する規模感の「絵」です[1][8]。
経済安全保障などの分野ではこれとは別の仕組みも導入されます。償還財源(税外収入が中心)をあらかじめ確保したうえで、「つなぎ国債」を発行し特別会計で別枠管理する形です。ポイントはこのつなぎ国債の置き場所にあります。基礎的財政収支(PB)や債務残高対GDP比といった財政指標から除外して管理されます[1]。
そして最大の反応点はPB目標にあります。長年の看板だった基礎的財政収支(PB)の単年度黒字化目標について、原案は「黒字化時期を機械的に追うのではなく」と書きました。中核目標は「債務残高対GDP比の安定的低下」に置き換わります。PBは目標から「確認する指標」へ位置づけが一段変わりました[1]。日本経済新聞はこれを「骨太ショック」と呼び財政リスクへの警戒と報じています[2]。
10年より30年・40年がなぜ大きく売られたのか。長期金利は「将来の短期金利の予想」と「長く持つリスクへの上乗せ(タームプレミアム)」に分解できます。これが債券の基本的な見立てです。詳しくは解説06で整理しています[1]。財政の先行きへの不安は利上げ予想とは別のルートで効きます。年限が長いほど大きくこの上乗せに乗ります。
7月2日の10年債入札は表面利率が年2.7%と約29年ぶりの高さでした。それにもかかわらず応札は「低調」です。値段だけでは買い手が戻りません。それを示す結果です。入札の見方は解説06で整理しています[2]。
買い手の構造も痩せてきています。最大の保有者である日銀(長期国債残高の47.9%・2026年3月末)は、2024年に決めた計画に沿って買入れを減らしている最中です。2026年1〜3月には月2.9兆円程度とピークの半分近くまで縮みました[9][11]。伝統の買い手である生命保険会社は新しい資本規制(ESR)対応で買い控えていました。利回りが上がったいまは「積み増す社」と「慎重な社」に割れています。詳しくは解説06⑤で見ています。
実は骨太の前から兆候はありました。6月25日の20年債入札は応札倍率2.967倍で、原案公表より先に「明確に低調」でした[6]。骨太ショックは需給悪化の原因ではありません。先に弱っていた需給に火を付けた形です。
前提となる数字も先に示します。普通国債の残高は2026年度末見込みで1,145兆円です。政府債務の対GDP比は財務省の定義(国・地方の長期債務)で194%になります。IMFの広い定義では204%です。どちらの物差しでも主要国最大の水準にあります[7]。今年度予算122.3兆円のうち国債費は31.3兆円。歳出の4分の1強が借金の元利払いに充てられています[8]。
これは「日本のトラス・ショック」なのか
英国で2022年9月に財源の裏付けを欠く大型減税案(ミニ予算)が発表されました。30年国債利回りは3日間で約1.2%ポイント急騰し、年金基金の運用(LDI)の連鎖売りを誘発しています。イングランド銀行は緊急の国債買入れに追い込まれました。トラス首相は在任わずか49日で退陣しています[12]。
英国のこの経験と今回の日本を重ねる見方は年初から取り沙汰されてきました。政府関係者がその比較を警戒しているという報道もあります[13]。財政規律の後退と受け止められた発表が超長期国債を直撃したという構図そのものはたしかに重なります。日本経済新聞はこれを「骨太ショック」と呼びました[2]。骨太の原案が示された瞬間に長い年限だけが売られています。2022年の英国で起きたことの雛形をなぞっているようにも見えます[3]。
もう一点あります。長期国債の海外保有8.1%という数字は残高(ストック)の話です。超長期債の売買(フロー)では海外勢のシェアが約5割に達します[11]。値段を日々決めているのは誰か。そう問い直せば「国内保有中心だから大丈夫」という定型句は以前ほど堅くありません。残高の内訳だけを見て日本は英国と違って安全と言い切ることはできません。
「日本は英国のようにはならない」という反論
数字で確認できる違いもあります。英国の30年金利は3日で約1.2%ポイント上がりました。今回の日本は3営業日で約0.2%ポイントです。まだ6分の1程度にとどまります[3][12]。保有構造も異なります。英国債は海外保有が約3割を占めていました。日本の長期国債は8.1%です。国内と日銀が厚く持つ構造は急激な売り崩しへの耐性になります[11][12]。
財務省自身がかつて格付け会社への意見書で「自国通貨建て国債のデフォルトは考えられない」と反論した経緯もあります[10]。
中央銀行の立ち位置も英国と日本では逆です。英国はBOEが即座に「買い」へ転じて火を消しました。日銀のほうは買入れ減額の途上にあります。ただし減額計画には安全弁が明記されています。「長期金利が急激に上昇する場合には機動的に増額できる」という一文です[9][12]。
「トラス比較は的外れで、日本の金利上昇は正常化の一部(ニューノーマル)だ」とする分析もあります[13]。格付け3社(S&P: A+・Moody's: A1・Fitch: A)は、現時点でいずれも据え置き・見通し安定的です。ただし直近の判定はいずれも骨太原案より前のものです。S&Pは3月時点で「円が大幅に一段安となれば格下げがありうる」と警告していました[14]。
規模でも保有構造でも英国とは違う点があります。それでも超長期債を狙い撃ちにした値動きの形そのものはたしかに重なっています。
余談です。金利が上がったのに円が売られたのは教科書どおりではありません。原案には「適切な金融政策運営が行われることも非常に重要」という一文があります。日銀へのけん制とも取れる書きぶりです。市場はこれを「利上げが政治的に後ずれするリスク」と受け止めました。金利上昇の中身が「利上げ予想」ではなく「財政の上乗せ」なら、円の支えにはなりません[15][2]。
構造的な円売り圧力(新NISA経由の海外投資の拡大など)が続いているという整理もあります[15]。悪い金利上昇と円安が併走する組み合わせは財政への信認が試される局面の典型的な症状です。7月2日には介入観測で円が急伸しました。当局がこの絡み合いを強く意識していることをうかがわせる動きです。
私の意見
まだ「案」の段階でこれだけの値幅が動きました。それ自体が今回いちばん重い事実です。骨太の原案は6月30日夕方に示されただけで閣議決定はまだ済んでいません。それでも新発国債利回りは3営業日で5年から40年までそろって切り上がりました[1][3]。市場は決定を待たずに反応する構えをすでに持っていたということです。