為替介入とは何か 毎日見出しに出ても仕組みは知られない
「介入」は毎日見出しに出るのに、仕組みは意外と知られていません。誰が決めるのか、お金はどこから出るのか、効くのか、実施をどう見分けるのか。4つの問いで確かめます。7月31日の「答え合わせ」の前にどうぞ。
「責任は、ここで止まる。」第33代米大統領ハリー・トルーマンが執務室の机に置いていたプレートに記された言葉です。ポーカー用語で「親」の目印として回された駒「バック」に由来し、「責任を人に押し付けない」という意味で使われてきました。バック(buck)は米ドルの俗称でもあります。今日はその責任の所在をめぐる話です。
円相場は6月30日一時1ドル=162円台まで下げました。1986年12月以来、約39年半ぶりの円安水準です[17]。7月2日には一転、「当局が事前の警告なしに投機的な円売りを狙い撃ちする戦術へ転換する可能性がある」との報道をきっかけに、円が一時160円台まで急伸する場面もありました。この経緯はNo.006とNo.007で追ったとおりで、あの晩に介入があったのかどうかは公式にはまだ確定していません。
「介入」は見出しに毎日のように出る言葉ですが、決めているのが誰で、資金がどこから出て、どこまで効くのかを説明できる読者は多くありません。決定の主体から、使える資金の枠、効いたときと効かなかったとき、そして介入の有無がいつ・どう分かるかまでを順に見ていきます。
決めるのは政府、動くのは日銀
為替介入を決めるのは財務大臣です。根拠は外国為替及び外国貿易法(外為法)第7条で、財務大臣が通貨の対外価値の安定のために売買等の措置を講ずると定めています[2]。日本銀行はこの財務大臣の代理人として、指示を受けて市場で売買を執行します[1]。
日々の流れはこうです。日銀は毎日為替市場の状況を財務省に報告します。財務大臣が必要と判断すれば、財務省国際局為替市場課が日銀為替課に具体的な指示を出し、日銀が売買を実施します[1]。円急伸のたびに「財務官」のコメントが報じられるのは、財務官が財務省で通貨政策を統括する事務方トップであり、この判断ラインの中心にいるからです[1]。財務大臣の代理人である日銀が海外の通貨当局に介入を委託することもあります(委託介入)[1]。
だから「日銀が介入した」という言い方は厳密には正しくありません。決めるのは政府(財務省)、動くのは日銀です。利上げ・利下げが日銀自身の決定であるのとは、意思決定の主体が違います。介入と金融政策が別の主体のカードだと分かれば、「財務省は円を買い、日銀は利上げを急がない」といった一見ちぐはぐな局面も、矛盾ではなく役割分担として説明がつきます。
円売りはほぼ無限、円買いは有限
介入の資金は財務省が管理する外国為替資金特別会計(外為特会)から出ます[4]。円を売るか買うかで、使える資金の枠はまったく違います。
円高を止めたい円売り介入では、政府短期証券を発行して円を調達し、その円を売って外貨を買います[4]。自国通貨建ての調達なので量の制約は構造的に緩く、円高と戦った2003〜04年には約35兆円の円売り介入が行われ、円が史上最高値をつけた2011年には1日で8兆円を超える円売りも記録しています[10]。
いま実施されているのは逆の円買い介入で、こちらは弾が有限です。手持ちの外貨準備(ドル建ての債券や預金など)を取り崩して外貨を売り、円を買い戻します[4][5]。日本の外貨準備は2026年5月末で約1兆3059億ドルと世界最大級ですが、4〜5月の介入を映して、ひと月で約771億ドル減りました。過去最大級の減少幅です[5]。この減り方が続けば、単純計算でおよそ1年半で撃ち尽くすペースになります。実際にはそのはるか手前で市場が「残弾」を意識し、カードの威力自体が落ちていきます。
物理的な弾数のほかに、外交上の上限もあります。G7は「為替レートは市場で決定されるべき」としつつ「過度の変動や無秩序な動き」への対応は認めており、日本の介入はこの枠内で正当化されます。だから当局の説明は毎回、相場の「水準」ではなく「急激な変動」や「投機」を理由にします[20]。米財務省は半期ごとの為替報告書で各国の介入を点検しており、日本は2024年6月から「監視リスト」に載っています(為替操作国の認定ではなく、米財務省は日本の公表制度の透明性を評価してもいます)[21]。円買いの原資づくりは米国債の売却を伴いうるため、使いすぎれば同盟国との摩擦にもなります。
では、このカードはどこまで効くのでしょうか。
「水準」ではなく「スピード」を買うカード
学術・公的機関の分析には慎重な結果が多くあります。2010年以降の日本の介入8回を因果推論の手法で検証した研究は、相場のトレンドを変えたのは3回、水準を動かしたのは2回、残る3回は有意な変化なしと報告しました[12]。IMFの26か国分析は名目レートの短期の安定化には効くが実質レートへの影響は限定的だとし[13]、BISの研究は支配的な介入戦略は存在せず、変動を抑えるための介入がかえって投機を招き入れることさえあると指摘しています[14]。