為替 ・ 金融政策 ・ 日本2026.08.05

円買い介入は税金の無駄遣いか|28年ぶりの日米協調と、外為特会のバランスシート

介入で政府は損をしているのか。バランスシートを開くと、答えは直感の逆でした。それでも「無駄になりうる場合」は確かにあります。会計の損得と効果の持続を切り分けて、28年ぶりの協調介入を整理します。

ドル高は国益。(1995年1月に就任したロバート・ルービン米財務長官が掲げ続けた方針)[1]

31年前、この方針の下で米財務省は日本などと組んでドルを買いました。行き過ぎた円高を止めに行ったのです[1]

2026年7月31日、同じ米財務省が今度は円を買います。売ったのはドルではなくユーロだと報じられています[2]。立場は裏返りました。看板の方針だけがそのまま残ったことになります。

日米の通貨当局が組んで円を買うのは1998年6月以来、およそ28年ぶりです[2]。これだけの大立ち回りになると決まって聞こえてくる声があります。介入は税金の無駄遣いではないのか。直感としては自然です。政府が何兆円も市場に投じるのだから、どこかで国民が払っているはずだと思うのです。

今日はこの直感をバランスシートで確かめます。外為特会を開いて見てみるということです。結論を先に言えば収支はむしろ黒字です。ただし、それとは別の場所に本当のコストがあります。

今日のトピック

時系列を並べます。政府・日銀は7月30日、約3カ月ぶりの円買い介入に踏み切りました。円相場は162円台後半から157円台まで5円近く上昇しました。いったん160円台へ戻したあと、31日のニューヨーク市場で再び157円台をつけています[2]。円は7月下旬に一時1ドル=163円台後半をつけました。約40年ぶりの安値圏です[4]

31日には米東部時間の市場で米財務省が円買いに参加します[3]。週明け8月3日、片山財務相が談話を公表しました。「我々は、今後、更なる協調介入を実施することも躊躇しない」という一次文書です[18]

米側もベセント財務長官が声明を出しています。「円の著しい過小評価を是正するための日本による市場、金融面での断固たる措置を強く支持する」と述べました。

片山財務相は「無秩序な動きには断固たる措置を取る。いつでもその状態だ」と語ります。三村財務官はこの取り組みを「日米通貨同盟の完成形」と位置づけました。公表後に円は一時155円台前半まで2円超上昇しています[3]

介入とみられる動きは週明け3日の朝方にも続きました。円は一時155.23円をつけています。木曜からの3営業日連続です。市場はこれをひとつながりの操作とみています[20]

言葉の整理をひとつ。複数の通貨当局が申し合わせて行う「協調介入」自体は15年ぶりです。東日本大震災後の2011年3月にG7が円売りで実施して以来だからです。円買いでの日米協調となると1998年6月17日以来、28年ぶりになります[5]

1998年のとき日本側の介入額は2,312億円でした[6]。今回の規模はまだ公表されていません。市場推計では7月30日の日本の介入だけで6兆円超に達したとみられています[2]。日銀の統計から介入額が翌日に推計できる仕組みは解説「日銀当座預金という探知機」で説明しています。

米側の規模は分かっていません。手がかりは一つだけです。閣議中に撮影されたベセント長官のメモ帳に円買いを示唆する記載が写り込みました。50億~100億ドルだと報じられています[2]。数字の確定は月末の公表を待つ必要があります。

そのお金は、税金なのか

介入の原資から確かめます。日本の為替介入は一般会計ではなく、外国為替資金特別会計(外為特会)で行われます[7]。政府の勘定という位置づけです。誰が決め、いつ公表されるかの全体像は解説01「為替介入とは何か」で扱っています。

仕組みはこうです。円安を止めるのとは逆に円売り介入をします。政府は政府短期証券(FB)という短期の借用証書を発行して市場から円を調達し、その円を売ってドルなどの外貨を買うのです。買った外貨は外為特会の資産となり、外貨建て証券で運用されます。

通貨別の内訳は公表されていません。研究者の推計では大半が米国債だとみられてきました[8]。発行したFBは負債として残ります[7]

今回のような円買い介入はこの逆回転です。手持ちの外貨資産を売って市場から円を買い戻します。つまり政府のバランスシートの資産側で外貨建て証券が円に置き換わるだけの操作です。税務署から集めた円が市場に投げ込まれるわけではありません。

「税金を使っている」という直感は少なくとも会計の入り口では成り立たないことになります。

バランスシートの上では、利益が出てきた

入り口だけではありません。出口の損益も見ておきます。

外為特会が抱える外貨は過去の円売り介入と運用で積み上がったものです。その平均取得コストについて伊藤隆敏氏の研究は2015年3月末時点で1ドル=102.6円と推計しています。同じ研究は円ドル120.1円で評価した場合の介入の累積利益を計27兆円と見積もりました[8]

その内訳は売買差損が1兆円。評価差益が13.3兆円で運用益が14.7兆円となります。

おおざっぱに言えば100円強で仕込んだドルを持ち続けてきた勘定です。

そのドルを2022年以降の円買い介入では150円を超える水準で売ってきました。2022年は計9兆1,880億円です。9月22日に2兆8,382億円、10月21日に5兆6,202億円、10月24日に7,296億円という内訳です[9]。2024年は4月26日~5月29日に9兆7,885億円、6月27日~7月29日に5兆5,348億円でした[9][10]

今年4月28日~5月27日には11兆7,349億円と月次ベースで過去最大を更新しています(この経緯はNo.001で扱いました)[9]。102円で買ったものを150円台で売れば差額はそのまま実現益です。

この利益は決算の外に消えません。外為特会の歳入と歳出の差は剰余金として決算されます。2022年度は3兆4,758億円が発生しました。うち2兆8,350億円が翌2023年度の一般会計に繰り入れられています[11]

政府は2010年に毎年度の剰余金の30%以上を特会内に留保する方針を示していますが、実際の繰入額は年度の財政事情に応じて決まります。防衛力強化の財源として繰入が積み増された年も出ました[11][12]

加えて内外の大きな金利差を映して外貨資産の利子収入がFBの利払いを上回る歳入超過が常態化してきました[11]。税金の無駄遣いどころか、この特会は一般会計にお金を送る側です。

ひとつ留保を。102.6円という取得コストは2015年時点の推計です。その後の運用や売買で平均は動いている可能性があります。現在の正確な値は公表されていません[8]

それでも足元の150円台後半との距離を考えれば売却が差損になる構図は考えにくい。骨格は変わりません。

それでも、無駄になる経路はある

では批判はすべて的外れなのか。そうではありません。コストは別の場所にあります。

第一に将来の収入の放棄です。外貨を売れば以後の利子収入を失います。満期まで持てば得られたはずの償還時の為替差益も手放すのです。

国会では外為特会で保有する米国債の償還金に円安の結果として年間約6兆円の評価益が生じているという指摘もありました[11]

高値で売った実現益と引き換えにこの先のキャリー収入を放棄する。利益の出る売却にも機会費用はついてきます。

第二に原資の有限性です。円売り介入は自国通貨を発行すればよいので理屈のうえでは限度がありません。しかし円買い介入は外貨準備が上限です。日本の外貨準備は2026年6月末で1兆2,875億ドルです。うち証券が9,286億ドルを占めます[13]

世界有数の規模とはいえ介入しても効かなければ残るのは減った外貨準備だけです。

第三が効果の持続性です。ここが本丸になります。為替介入の実証研究は介入が相場に影響を与えること自体はおおむね認めつつ、その効果は即時的・短期的にとどまると整理しています[14]

中長期のトレンドを決めるのは日米の金利差をはじめとするファンダメンタルズです。介入は流れを変える堰ではなく、急変動をならす波消しブロックに近い。

2022年秋の介入は振り返れば当時の円安のピーク近くに位置していました。介入そのものが流れを変えたのではなく、時間を稼ぐうちに米国の利上げ局面が転換した。介入を振り返る調査での一般的な整理がこれです[19]

逆の実例もすでにこの目で見ています。今年4~5月の過去最大の介入のあとも金利差が開いたままの円は結局売られ続けました。7月には163円台後半まで安値を更新しています(経緯は同じくNo.001で扱っています)[4]

時間を買っても、その間に実勢が動かなければ効果は巻き戻されます。

つまり「無駄になる」経路とは買った時間のあいだに金利の実勢が追いつかないまま外貨準備だけが減っていく展開のことです。批判するならここであって会計上の損得ではありません。

今回が過去と違うところ

今回の介入には2022年・2024年と異なる点がいくつかあります。

まず米国が参加したこと。単独介入と協調介入では市場へのシグナルの重さが違います。今回の協調は2025年9月に公表された日米財務大臣共同声明に基づいています[15][18]

しかも米側が売ったのはユーロだと報じられています[2]。ドルを売らずに円を買うのです。自国通貨の信認に触らずに協調へ参加できる設計です。

片山財務相の談話は日本が米連邦準備制度のFIMAレポ・ファシリティ(海外の通貨当局がドルを調達できる枠組み)の活用を予定していることにも触れています。協調の道具立ては介入だけではありません[18]

次に米国の動機です。市場の一部には円防衛のために日本が外貨準備の米国債を大量に売る事態こそ米国が避けたかったものだという見方があります[16]

日本が米国債の投げ売り側に回れば、ただでさえ上昇している米長期金利に燃料を足しかねません。円買いへの協力は米国債市場の防衛でもあるという整理です。

この見方が正しければ協調の持続力は従来の想定より強いことになります。

最後に稼いだ時間の使い途です。金利スワップ市場(OIS)の織り込みでは8月4日時点で日銀が9月18日に利上げする確率は46%、10月30日は44%です。一方米国は9月の会合で利上げする確率が64%と利下げではなく利上げの側を織り込んでいます[17]

日米の金利差が素直に縮む絵は市場のメインシナリオではまだありません。介入が買った時間の価値はこの織り込みがどちらへ動くかで決まります。

私の意見

冒頭の問いに答えます。円買い介入は税金の無駄遣いか。バランスシートを開くかぎり答えは逆です。

続きは、私の意見と数字です。

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